BLUE MOON ~Another Moon~
1 『初夏の訪れ 風の囁き』 written by 聖る
旅の途中、偶然通りかかった人の住まなくなって久しいその村に、ちょっとした好奇心から
踏み入ったアルファは、
何かに引き寄せられるように半壊・・・いや、”4分の3壊”している小屋の中に入った。
壊れてひっくり返っている木製の椅子や、割れて使いものにならなくなったランプ、錆びた彫刻刀、
泥まみれになり片方の腕と目が取れた人形・・・等、そこが何に利用されたどんな場所だったのか、
どんな人間が住んでいたのか・・全く想像のつかない、つながりのない物が、
地面のむき出しになった床に散乱していた。
「・・・・」
部屋の奥まで入ったアルファは、そこで予想外の・・・というより、場違いな物を見つけた。
朽ちかけた壁を背に、小屋の天井の隙間から漏れてくる太陽の光を受けた透明な天使像が
キラキラと輝いていたのだ。
台座に置かれたその天使像は、平均的な成人男性とほぼ等身大の大きさがあり
均整のとれた体と中性的な造りの端麗な顔、そして絶妙なバランスで大きく広げられた翼からは、
どこか神聖なものが感じられた。
宗教的な意味合いではもちろん、芸術性の面でも価値の高そうなその品が、人の住まなくなった村に
長い間放置され続けてきたのは不思議なことだった。
とっくの昔に盗賊達に持ち去られ、売られていてもおかしくない。といっても、実は彼アルファも
同業者だったりする。
ふと、台座に取り付けられた金属のプレートに気付き、厚くつもった埃をはらってみると、そこには
『初夏の訪れ 風の囁き』・・・と記されていた。この天使像のタイトルだろうか。
ということは、宗教上の目的で作られたわけではなく、芸術品らしい。
「訳わかんねー タイトルだな・・・。どうせなら、女だったらいいのによ」
ははっ と笑いながら、アルファは天使像に手を掛けた。あまりに埃が酷かったため、
埃を払おうと思ったのだ。
「・・あ。」
像が置かれていた台座は平らでは無かったのかもしれない。
アルファが軽く手をか触れただけで、重心を失った天使像はグラリと傾き、半分壊れかけていた壁を
ぶち壊し、豪快な音とともに、仰向けに倒れてしまった。
あやうく小屋自体が崩れ落ちてしまうのではないかとさえ思われた。
「う・・。折れてる。」
舞い上がった埃が収まったとき、アルファの目に映ったのは片方の翼が根本から
折れてしまった天使像の哀れな姿だった。
しかし、顔の方は無事だったらしく、相変わらず端正な顔に微笑を浮かべていた。
「まあ、どうしようもねえよな。不可抗力ってやつだしな。」
そう言いながら、アルファは天使像にむかってパンパンッと2度手を叩くと深々と頭を下げた。
「すみませ~ん。わざとじゃ無いんでッす。どうか呪わないで下さいねー。」
そそくさと天使像に背を向け小屋を出たアルファだったが、村の出口で足を止めることになった。
「・・・・・・・・・・嘘」
顔面蒼白になって呟くアルファの目の前には、赤い髪に赤い瞳の若い男が立っていた。
背に淡い朱色の翼を1枚だけ持った男だった。そして、その端正な顔はたった今派手に倒してしまった
天使像の顔に酷似していた。
「・・・・・・・・。」
アルファは男を完全に無視してその場を通り過ぎようとしたが、すぐに背後から
呼び止められてしまった。
「待て。」
「わ、わざとじゃないんだから、恨むなよな。お前は”天使”だろ?
天使ってものは、神の使いなんだよな?心を広く持つべきだと思わないか?」
振り向きざま、狼狽えた様子で口早に訴えるアルファの言葉に片翼の男は笑った。
「俺は”天使”じゃない。硝子の天使”像”だからな。」
”像”という部分を強調して男は言った。
「だ、だからって、呪い殺さなくても・・!頼むっ 殺さないでくれ!」
アルファが必死にそう言うと、天使”像”の男は不思議そうに首を傾げた。
「何で俺がお前を殺すんだ?」
「え・・いや・・だって。翼、折れたから仕返しに来たんだろ?」
困惑しながらアルファが尋ねると、天使像は「ああ。」と納得したように頷いた。
「仕返しに来たんじゃない。お前が俺を呼びだしたから、お前と一緒に行ってやろうと思ったんだ。
・・・でも、”仕返し”か。それも悪くないな。」
「ちょっと待て!よ、呼び出したって何のことだ?」
思いっきり眉をしかめるアルファに、天使像は”精霊の祝日”である今日のちょうど”精霊の時間”に
手を2回叩いたことが召還の合図だったのだと説明した。
な、何だそりゃ~っっ?!
・・・とアルファは内心絶叫していたが、大まじめに話している自称”天使像”の男と、
彼の根本から折れてしまっている左側の翼(の生えていた跡)を見れば、
信用せざるを得ないうような気もしてくる。
端正な顔ににっこりとAngel smileを浮かべている片翼の男を、アルファは恐る恐る見上げた。
「・・・・・一緒に来るって、お前どこまで付いてくる気だ?」
「呼び出したのは、お前だろう?どこまででもついていくさ。いつまでもな。」
嫌だ~ やめてくれ~・・・・!
再び心の内で絶叫しながら、アルファは泣き出したい気分だった。
彼が、この天使像の翼を折ってしまったことは事実だ。いつ、仕返しされるか分からない・・。
「名前は?」
「あ、アルファ・・。」
「俺の名前は、『初夏の訪れ 風の囁き』だ。
よし。じゃあ早く行こう、アルファ。俺はここが嫌いなんだ。」
片翼の男に促され、アルファは渋々歩き出した。
”初夏の訪れ 風の囁き”は、自由に動ける生身の体を手に入れたことが嬉しいのか、
折れた翼のことなどすっかり忘れた様子で、周囲をキョロキョロ見回しながら楽しげに歩いている。
どうやら、アルファはとりあえずこの信じがたいふざけた運命を受け入れる他はなさそうだった。
「おい、ショカっ 俺はこっちに行くからな!」
アルファは勝手に名前を略し、三叉路を真っ直ぐ進んで行く硝子像の男に声をかけ、
自分は右の道へと進んでいった。
ショカはすぐにアルファの後を追い、そのまま彼を追い越して先に歩き出した。
先頭を歩くのが好きらしい。
そういえば、そろそろ初夏と言える季節になってきている。
心地よい爽やかな乾いた風が、アルファの前を弾むように歩いていく硝子像の男の赤い髪と
残った片方の翼の羽根をなびかせていた。
折れたのが、首とかじゃなくて良かった・・・・・。
もし、そうだったら俺はこの男を殺していたのかもしれない・・。
それか、首の折れた男が目の前に現れて・・・・・・。
ふと、そう考えアルファはぞっとした。
「今日はついてないな・・・。」
アルファの重い溜息を吹き飛ばすかのように爽やかな風が大きく駆け抜けていった。
Fin